全国和牛登録協会のホームページにおいで頂き有り難うございます。
全国和牛登録協会会員の皆さん,登録事業を推進していただいております団体,関係者の皆さん,日頃は和牛の改良増殖にご理解,ご協力いただき感謝申し上げます。
去る6月25日の第64回通常総会において理事に,引き続き開催されました第154回理事会において会長理事に再任され,これまでの2年間を振り返りつつ,あらためて登録協会会長という職責の大きさに責任を感じております。
4月20日に宮崎県における口蹄疫の発生が伝えられ,90日以上にもわたり懸命の感染拡大防止作業が続けられており,約20万頭の患畜・疑似患畜,ワクチン接種個体を加えると28万頭弱という未曾有(みぞう)の犠牲をはらって,ようやくにして沈静化の気配が見えてまいりました。清浄化目指して一層の防疫強化をお願いいたします。
日頃育んできた牛や豚が口蹄疫に罹患あるいは疑似患畜として,殺処分,埋却という悲劇に見舞われた畜産農家の皆さんの心痛は察するに余り有るものがあり,心よりお見舞い申し上げます。また,宮崎の地で不眠不休で防疫処置に従事いただいている多くの関係者のご努力に深く敬意を表します。さらには,隣接する各県においても防疫対策はじめ,登記・登録や流通など緊急時での対応にご苦労いただいており,かさねてお礼申し上げます。いまは,全国の関係者はもとより,多くの市民のみなさんからも一刻も早い終息を願う声が高まっており,一日でも早い復興を祈り,産地の復旧にむけ和牛界が一丸となって取り組んでいかねばなりません。
さて,一昨年来の金融危機に如実に見られるように虚実入り乱れての情報が瞬時にして世界を駆け巡り,極めて大きな混乱をもたらしたことはご承知の通りであります。21世紀は,単にインターネットを介した情報だけではなく,様々なルートを通じて人や食料,飼料など資材が地球上を移動しており,まさしく国境が低くなったグローバル社会を迎えています。このような,社会経済環境下では,従前の危機管理では不十分であることが,今回の未曾有の口蹄疫により図らずも露呈いたしました。とくに,今後は‘ABCD’に対する危機管理が重要となってくるでしょう。連日新聞紙上を賑わしている核問題(A:Atomic)をはじめ,生物(B:Biologic),化学(C:Chemical),天変地異(D:Disaster)であります。生物については,すでに口蹄疫,O157,BSE,高病原性鳥インフルエンザによりわが国でも甚大な被害を被っております。とくに,鳥インフルエンザや口蹄疫に関しては,中国,韓国,台湾,香港などアジア全域において多発しており,まさしくわが国は口蹄疫など家畜家禽伝染病の汚染国に包囲された状況にありました。このような環境下での危機管理としては,国家としての人と資材など物流の包括的な水際での防御体制と指揮管理体制はもちろん,都道府県における広域的な蔓延防止策と初動対応,市町村におけるきめ細かい防疫や衛生指導体制の見直しが必要となってきております。個々の畜産農家における家畜の飼養管理はもちろん,日常の衛生管理の徹底は言うまでもないことです。日々の「そこまでしなくとも・・・」,「これぐらいは・・・」,「・・・に迷惑になるので・・・」という逡巡がもたらす災禍の大きさを予見した対策が必要となります。私たちは,連日,丹精を込めた牛や豚が殺処分され,埋却される生々しい映像に接し,畜産農家の心中を察すると言葉もありませんが,このような悲惨な被害を最小限に抑えるために,行政をはじめ生産指導にあたるものは「鬼手仏心」の心構えをもち,危機管理に当たらなければならないことを肝に銘じておかねばなりません。
英国ではこの50年間に3度の口蹄疫流行を経験しております。2001年2月イングランド南東部エセックス州において発生した際は,初動対応が遅れ,延べ21万人の軍隊を動員して650万頭以上の家畜を殺処分して,終息までに1年近くかかり,被害は1兆4,400億円に上ったと言われています。2007年サリー州での発生に際しては,教訓が生かされ,緊急閣議が開かれ,ただちに全国の約11万の畜産農家,3,800万頭の家畜の移動禁止処置がとられ,3キロ圏内を封鎖,10キロを監視区域として移動制限を課し,120頭の牛を焼却,瞬時に沈静化を果たしております。現在では発生農場から半径500m以内の偶蹄類は無条件に処分する,という一見非情にも思える対策が取られているようです。農耕文化を伝統とするわが国と,牧畜文化を源とするヨーロッパ諸国の家畜伝染病に対処する姿勢に温度差があったのかも知れませんが,英国とて,多大な被害を教訓として,単に畜産関係者だけではなく国民が危機意識を共有した危機管理策が取られているのです。このような英国での事例を受けて,国連食糧農業機関(FAO)が策定している口蹄疫防疫指針では,「口蹄疫発生にともなう初動は数日ではなく,数時間以内の制御処置」が拡大防止の要であるとしております。わが国も畜産農家が密集する産地が形成されているのが現状であり,以後これを範として最悪の事態を想定した行動規範を作り上げておく必要があります。
長年にわたり産地において計画を立て,造成されてきた種雄牛や繁殖集団が一朝にして消え去ってしまう事態を目の前にし,和牛の育種改良に携わる団体組織としても,和牛の遺伝資源の危機管理はもとより種雄牛の集中管理体制の在り方をも今後の課題として認識しておくことが肝要であります。
現在,登録協会は登録事業を推進していく上で重要な岐路に立っております。公益法人へ向けての取り組みであります。先般の総会では,新たな定款案ならびに支部設置にかかわる規程類の改正案を提示させていただきました。従前とは大きく変わる点がありますが,和牛の登録事業が,わが国固有の遺伝資源を維持発展しつつ,良質の畜産物を安定的に供給し,もって生産農家と国民に寄与する公益性の高い役割を果たすための組織強化と理解していただければと思います。
組織強化の一環として,今年度から重点的に取り組んでいく事業としては,すでにブロック会議等を通じて承知していただいていることではありますが,平成24年度からの新しい審査標準の施行と第10回全共種牛の部の審査での採用に向けて,本年9月からその普及にむけて講習会等を開催し,あわせて今後の改良に向けた資料収集を行うことであります。とくに,新審査標準の適用や登録実務の指導に当たっては,ブロックごとに,特別に指導員を委嘱し,支部の登録事業強化になるような新たな取り組みを推進してまいります。
口蹄疫を機に,ニュース映像や新聞紙面上にブランド牛という表現が氾濫しておりました。しかし一方で,「ブランド牛」とはどのような牛か?という素朴な疑問を多くの消費者があらためて抱いたことも確かです。素直な「氏か育ちか?」という疑問であり,産地やマスコミが言う「ブランド」は少なからず混乱を招いているようです。いうまでもなくブランドは,生産者がこだわりをもって生産した製品に対する消費者サイドからの支持により成り立つ看板であり,和牛のブランドも産地が発信する取り組み,物語が評価される一因になってまいります。平成に入っての改良目標の画一化により産地の特色が薄れており,将来の和牛の育種改良の展望にも大きな問題を投げかけております。この課題に対しては,育種組合を中心に,新たに系統再構築事業を立ち上げました。これは,将来的に必要となる改良の源の発掘をそれぞれの産地で取り組んでいただき,それを和牛界がみんなで育てていこうという試みであります。予算的な制約から10育種組合から11系統を選定させていただきましたが,個々の系統はもちろんでありますが,それぞれの取り組みが全国各地の産地での模範例となり,近い将来に新たな系統が芽吹くことを期待したいものです。
常々申し上げているように,育種改良は果てしのない作業であります。が,目指すべき一里塚が明確であれば必ず報われる作業であります。種をまかねば実りはありません。今日の成果ははるか10年前の努力の証であり,今日の努力がなければ10年後の果実が望めません。全共という日々の活動を確認する晴れ舞台も用意されており,今後の和牛の理想像を高く掲げながらも,足下の現実を見つめ,先人が記してきた事績を範として,できる事柄をひとつひとつ確実にやり遂げていけば,和牛の経済性はさらに向上し,わが国の食料生産を持続的に担う基幹品目としての地位を不動のものにできるものと確信しております。
和牛界だけではなくわが国畜産が遭遇する未曾有の危機にあり,このような重要な時期に会長という重責を再び担うことに身の引き締まる思いであります。会員の皆様には産地と登録事業を通じた育種改良の重要性をご理解いただき,主体的に参加いただくことをお願いして,再任の挨拶とさせていただきます。
平成22年8月1日
社団法人 全国和牛登録協会 会長 向井 文雄